農家民宿 小野尻庵

小野尻庵通信 – 庵主の出来事

一磨 生誕百年祭(2015年3月28日)

父一磨は1914年大正3年9月21日生まれ、昭和57年9月7日逝去、享年61才。
私は29才の子で1943年5月生まれ。今年の5月で72才になる。
50回忌法要は保障できないと昨年からの兄弟での懸案となり、この日福岡の浄光寺に集まり、二日市温泉で小宴をもった。

春の彼岸も近づいていよいよ春めいて参りましたが、皆様ご健勝のこととお察し申し上げます。以下ご案内文  
さて、父一磨の生誕百年にかこつけて、兄弟、孫よりを企画したところ丹波集合は却下され福岡で集まることとなりました。 核家族単位でばらばらに福岡入り、PM2時ごろ浄光寺に参り、市営住宅にたどり着くまでの難民生活地、大橋、井尻、春日原、白木原(房代生誕家)を散策し、一磨夫妻の新婚旅行先?二日市で投宿し父一磨誕生百年祭小宴を催すこととしました。  一磨一統、ここまで来れましたのも皆様のお蔭で御座います。つきましては小宴へのご招待をさせて頂きます。ご参集頂ければ幸いです。

◎父一磨誕生百年祭 祝宴 
・二日市温泉 扇屋旅館にて
・28日土曜6時~、宿泊可

☆参加者名  
* 三角修一・三紀子・・・丹波市 (うらら同伴)   
* 三角一将・京子、将輝、理緒・・・・箕面    
* 加藤明央・有紀、滉人、陽斗・・・・西宮
* 三角逸郎・光江・・・・足立区綾瀬    
* 三角千恵人・真弓・・・江東区月島  
* 田中滋、ふさ代 ・・・流山 
* 御原一雨、多恵子、容子、弘恵 ・・・久留米 
* 御原マサ子 ・・・福岡

★欠席者名 
三角和夫、ふじ枝夫妻はお呼びしたかったが和夫さんが病床にあるとわかり、修一は27日お見舞いに宮崎に寄ったが,間に合わず仮通夜と29日の葬儀に立ち会うこととなった

華やかなジャガイモ植え(2005年2月27~28日)

今年はいよいよ大学を卒業し集まりにくくなると遣って来た。
社会人になると休みが無くなるのを分かっていながら、最後の休みを使って来てくれた。歓待しなくちゃと言いつつ、ベンツにも代えがたい自慢のトラクターを出してきて試乗講習会をした。

この子達には大学期間中にマスターすべき良妻/賢母の基本技能として
1.パソコン操作:ワープロ、表計算、メール、インターネットアクセス
2.運転免許:出来ればマニュアル車
3.英会話
の習得を言い渡してある。言いつけ通り全員運転免許は取得済みで、トラクター操作は説明すれば皆OKでだった。
耕作後にジャガイモを植えてもらった。
社会人になったら気をつけることなどを話題に晩酌にもつき合わせてしまった。
5月病に罹ったと思ったら6月にジャガイモ堀りに来るように言って見送った。

はたけシメジに挑戦(2004年10月10日 )

兵庫県立農林水産技術総合センター/森林林業技術センターの技術指導が得られる「畑シメジ」の試験栽培に応募した。
既に菌種は「波賀の恵み」として商標登録も済んでいるらしい。設備が大げさにならない畑での栽培が出来る菌種は希少価値があるらしい。

10月中旬から収穫でき、11月後半からの椎茸に繋げるので具合がよい。 未だ、生産技術が確立されてないため、商業ベースには乗っていないが、小生の作柄を報告すると、良く遣った。商業ベースに乗せそうだとのことだった。
未だ、プランターでの栽培で、畑の土で作れるまでにはなっていない。

とりたて市で150g300円で試販したが珍しさもあってか完売できた。

スイカ 最高の出来(2004年8月10日 )

毎年、自家消費分のスイカを作ってきたが、今年は最高に粒ぞろいで良く出来た。
盆には夏野菜を供えてきた。なす、きゅうり、カボチャ、サツマイモ、トマト、ピーマン、、、と品数で賑やかにはしてきた。今年も同様のものは出来てはいるが、 親父・お袋! ドウや!と一品で豪華に飾った。

家庭菜園/趣味農家からは脱却したと思いたいが、写真にして悦に言っている間は未だ農業家とは言えないか?

自力で田植え(2004年5月3日)

田植機は最新の乗車4条植を買ってしまった。水田での作業は出来ないことで手動は諦めていたが、ヤンマーの松本さんの売り上手に乗った。いつもの大は小を兼ねるとの決断だった。

新たに借りた1枚約2反の田んぼが素人の私でも半日で植えることが出来た。昨年からの1反の田植を1日がかりで学習しての話であるが。
代掻きも自分でこなしたが、田植より難しい。写真を撮る余裕は無かった。何度掻いても平らにならない。水を張っても島・縞が出来る。
ごらんの通りの見切り発車の田植となった。隣の満さんの田んぼと大違いだ。
田植後の青田も私の田んぼは蛇行し直線になっていない、田植機の操縦に慣れていない証拠だ。早く稲刈りがしたい。村の人たちがこれは三角さんが植えた田んぼだと言いつつ何度となく見て通ることだろう。まぁいいか、自力で遣ったんだから!

田植え準備(2004年4月11日)

昨年の経験から、稲作を続けるのに毎度、農機具を借りるわけにはいかない。遣ってみると農機具は使いたいときは皆使いたい時なのである。天気や水の入り具合、乾き具合で、なかなか共同利用は理想どうりには行かない。中古を探し始めると、私のやる気を知って、満さんが田んぼ2枚、畑1枚を先に準備してくれた。

ふんぎりもつき、トラクターも田植機も準備した。オイオイと言ってくれる親戚もいるが、それぞれに私の本気度が伝わる結果にもなった。息子もその一人である。親父の道楽に付き合わないと言っていたが、週末に帰ってきて、トラクターに乗ってくれた。「今は気晴らしでいい、付き合ってくれれば」と家内がカメラに納めた。

里山散策(2003年12月4日)

兵庫県森のインストラクター活動の一貫として、兵庫県柏原県民局柏原農林振興事務所管轄の里山林を散策し今後の整備のための評価委員に指名されたので農閑期の冬場を利用して、何十年ぶりかで里山歩きを夫婦でした。

掲載写真は柏原の丹波の森公園の里山の中腹からの眺望である。丹波の山々はどの山を見ても、それぞれ里山といえるがハイキングコースとして整備されてはいない。都会人を受け入れる里山として整備するには切がある。元来、里山とは里の人が身近に生活の一部としてきた裏山である。

小野尻は3方が山であり、一度は尾根に上がり、里を俯瞰してみたいと思うけど、昔はここからもあそこからもと道がついていたらしいが、今は藪こぎをしなくては上れそうに無い。

里山の維持は里の力で遣るものではなかろうか?と素朴な疑問を持ちながらも、県整備の評価対象の里山は自分家の近くにあれば月1回は散策し里の季節の移ろいを楽しむだろうにと思った。どの里山も里の人用としては整備は行き届いている。

1.青垣いきものふれあいの里 / 青垣町山垣
2.芸術といにしえの森 / 柏原町北中
3.ささやま浜谷水辺の森 / 篠山市東浜谷
4.西紀遠方せせらぎの森 / 篠山市遠方
5.丹波立杭彩りの森 / 篠山市今田町上立杭
6.友政城山の里 / 市島町中竹田
7.大沢ロマンの森 / 篠山市大沢
8.山南ひびきの里 / 山南町岩屋
9.川阪しみずの森 / 篠山市川坂

JAとりたて野菜市(2003年10月16日)

JA丹波ひかみの生産者登録も出来「とれたて市」の会員にも入れて貰った。
これで、出荷先は、知人への宅配、JA経由の青果市場、スパー産直、とりたて市が確保でき、作れば捌ける体制が確保できた。

毎年JA小川支所では収穫祭として秋祭りが催行される。とりたて市は毎週水曜・日曜の午前中開かれるが、この日はほぼ一日大勢の人で賑わう。一年の締めくくりでもあるが、野菜農家はこの日を境に冬物が収穫期を迎え正月まで繁忙期となる。

トラクターに試乗(2003年10月4日 )

お隣の富子さんが手押耕運機/管理機だけでの野良仕事を見かねてかトラクターを貸すから使えといってくれた。
壊してはと遠慮していたが、試乗させてもらった。断然仕事の能率が違う。水田で稲作を作るにはトラクターは必須だと痛感した。
今年は由喜巳さんと息子の一正君に代掻きをして貰ったけど毎年とはいくまいと購入の決断をした。
新米はとれたがトラクターは?田植え機は?コンバインは?と尋ねられ・・・・。
答えを工夫するが、米を作ったと言うより田んぼの畦草刈、水管理をしただけではないか!
稲刈り直後の充実感・満足感がしぼんでいくのを覚えた。

稲刈り(2003年9月11日)

コンバインも乾燥機も無い中でビギナーズラックなのか周りの田んぼと同等に稲穂がたれるまでになった。
どうしても自分のお米にしたくて、川上さんにお願いすることにした。
コンバインで刈れない4隅やスマンコは手刈りになる。農家はこの作業が稲刈り時の悩みの種らしいが、我が家では珍しさもあって、家内と二人で必要以上に手刈りをした。川上さんから呆れられたが、いい汗をかいた。
今までの週末農業者では味わえない充実感、専業就農を実感した。
約8畝の田んぼから玄米11袋(30kg/袋)が収穫できた。改めて自然の偉大さに感銘を覚えた。
新米の搗き立ての美味しさは汗と苦労の結晶以上のものであった。ひとつの目標であった、兄弟家族を賄う米作りを達成できた。

枝豆のJAへの出荷 荷姿(2003年7月20日)

3月18日にJAの初黒<丹波黒枝豆・早生>の栽培講習会で一通りの机上知識を得て、念願の丹波特産の栽培に取り組みました。
要所要所を小野尻の野菜博士(良広さん7x歳)に手取り足取り教えていただき規格商品として始めて出荷できました。
一鞘に2~3粒、1粒は除外します。
このため我が家のビールのつまみ枝豆は一流(1粒)品ばかりになりました。それでも もぎたてですから美味しさは極上です。

初めての田植え(2003年5月2日)

農業委員の満さんが休耕田を世話してくれました。かねがね、就農するからには稲作もしてみたいと思っていましたので、すぐ飛びつきました。 しかし農機具がまったく無く、何とか耕作は野菜畑用の手押し耕運機でしましたが、水が入り代掻きになるとお手上げでした。隣保の由喜巳さんに代掻きを行っていただきました。田植機は借りて自分で作るつもりでしたが、手押しの田植機では素人の私には無理だと言うことで満さんにお世話になることになりました。
ご両人のご指導とお世話を得て田植えをしました。
結局、代掻きも、田植えも自分でやったとはとても言えない状況なのですが、田植えが済んだ青田が風になびくのを見ると、自然に顔がほころぶのを禁じえません。心地よい風をほほに受けながら、満足感に浸ることが出来ました。

椎茸菌植え(2003年3月27~28日)

毎年この時期、家内の教え子が誘い合って訪ねてきます。
今年で5年目になります。高校卒業したら訪問を許可してきたので、もう社会人になった学年もあります。毎年目先を変えて飽きないように農作業を体験させています。
今年は、昨年別のグループが植えた椎茸を収穫させたら、自分たちも植えたいと言うので、一人2本づつ植えてもらいました。
自ら手を加えたものが、どう成長したか気になるようです。昨年は畑一枚に皆で並んで石ころ拾いをしてもらいました。その畑に連れて行き、畑の土を踏ませ、手に握らせて、土のぬくもりを体感してもらい、昨年に比べ土が良くなったこと、土つくりの大切さを説明しました。